復活

しょっちゅう急変はある。

大概の場合、一回目にはアドレナリンを使用して回復。しかしその直後、二回目の時には、回復できずそのまま看取りとなることが多い。また、もし二回目に回復できたとしても、その日の夜を越せることはほとんどないように感じている。急変時の対応については、つっこみどころ満載なのだが、何を言ってもこれでいいんだと話を聞いてもらえない。仕方ないので、私は必要なものを走って取りに行ったり、邪魔なものをどかしたり、そんなことをすることが多い。

 

その日も、朝から多数のスタッフに囲まれて、吸引、酸素、マスクバック、胸骨圧迫などあれこれした上で、回復できない子がいた。しかし、アドレナリンを入れて回復。

その数時間後に再度、心肺停止して、同様の蘇生をされている。今度は回復しない。医師はいつものごとく「もう終わりだ、何もしない」と言い、子どもの元を離れていった。処置の激しさで、身体に血がついている。看取るにしてもこんな血まみれな姿でお母さんたちに引き渡すなんてどうしても耐えられないし、独りぼっちになんてさせたくないので「身体をふいてあげてもいいか?」と医師に聞くと「それはいいね」と言ってもらえた。

湿らしたガーゼで身体について血液を拭きとりながら手をぎゅーっとにぎり頭をなでなでして「がんばったね~、えらいね。あなたが大好きよ」などと日本語で話しかけていたら、なんと身体が動いた。びっくりしてモニターを確認する。

モニターを見ると心拍数が少しずつ上昇し酸素飽和度が少しずつ上がっていく。

数分後には、酸素飽和度100%、心拍数140回/分。眼を疑った。モニターを疑った。何かシステムの誤作動かなんかかと。

赤ちゃんは何事もなかったかのような顔をしながら規則的な呼吸をして寝ている。

こんなに長時間にわたり脳の低酸素状態が続いたから、色々と心配はあるけど…なんの薬を使うこともなんの処置をすることもなく、ただ身体を拭いていたら、復活した。 

何より、私が一番びっくり。気が動転して狼狽える。少し怖かった。

 

この子の生命力の強さと生きたいという意思の強さをひしひしと感じる。たぶん、とっても強く生きたいんだろうなと考えていた。

とりあえず、主治医をひっぱってきて「見てこれ」と言うと、「あら、コーキー(私のこと)、トレビアン」と言って去っていった。

付き添いしていた母が急変の間、離席させられていたので、廊下の母に大丈夫だと伝えた。 

看護長に呼ばれ「ちょっとまってくれ、今子どもが大変なんだ」といっても聞いてくれず「いいから、とにかく、会議だから来い、来い」といわれ、不安ながらも離席。一人になったら、寂しくて具合が悪くなったらどうしようと心配だった。

でも、私が帰宅する前も、すやすやと寝ていた。

 

翌日。

朝、ベットがあった場所に子どもがいない。付き添いしていたその子のお母さんが荷物の整理をしていた。声をかけるが表情が非常に明るい。

私は状況が全く読めず、周りをよく見ると、子どもがベッド移動されていたようだった。なぜか保育器から脱出し、赤ちゃん用の小さいベッドにいた。しかも酸素も使用せず点滴1本で過ごしていた。どうして保育器からわざわざ出したんだ?それよりも、どうしてこんなに元気なんだ?本当に昨日と同じ子か?

何があったんだ。モロッコには不思議なことが溢れている。きっと、これも全てアッラーのおかげなんだろう。全くわからないが、とにかくこの子の生命力は強い。

赤ちゃんって本当にすごい。

 

その翌日。

今度は、その病室にその子の姿がない。私は勝手に、さすがにもう駄目だったのかな。と思っていたら、重症部屋の方に母がいて、移動になってこっちに来たんだと言っていた。そして、こどもの面会中に、呼吸器のアラームにとらわれることなくイスを並べて足を延ばして爆睡する母。

いや、子どもも図太いけど、母が図太いから子も強いのかもしれん。たぶん、少しずつ具合は悪くなっていくだろう。

でも、この子はとっても強いし、意思の強さをひしひしと感じる。

 

 

 

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写真は今回の内容には全く関係ないけれど、先日、電車の車体にとてもきれいな宣伝があったから思わず写真を撮ってしまった、その写真。しかも、この列車には乗らなかったんだが…。

 

続く。