よくもわるくも、ダリジャ

一日中、ダリジャ(モロッコ方言アラビア語)を聞いていること。

職場では毎日ルチン行為が多い。

それらの影響により、みんな毎日同じようなことを繰り返して喋っていることが多い。

 看護長は、そんなに話せなくて仕事で苦労するでしょ?というがもう全然苦労しない。あなたや教授と話すのが一番難しいと言ったら納得していた。

 

私は、自分の個人としてはフランス語を勉強したいけど、活動中はほとんどダリジャでやりとりするように心がけているし、もともと耳から音を吸収するのは得意な方だし、メキメキと身に付いていく。

 

めちゃくちゃアジア人の顔して、ベラベラとダリジャを話すから、初対面のお母さんには、「あなた、アラビア語話せるのね」と言われたり、面白いらしくニヤリとされたり。また、希なケースには「君はモロッコ人なのかい?」と、そりゃ流石にないだろ…。フスハーアラビア語の先生をしているというお母さんは「どうやってどれくらい勉強したのか?私は●●にすんでるから、いつでもアラビア語教えてあげるわ」と、たぶんこちらの人だから本当に遊びに行ってもウェルカムしてくれるだろうが、説明がざっくり過ぎて、家が全くわからない。

確かに仕草とか、ボディーランゲージとか、ずいぶんとモロッコ人化してきた。

 

職場の同僚にも、「あんたアラビア語上手だ」とか、久しぶりに会った人には「そんなに話せるようになったの」とか。

始めの頃、「君は、アラビア語喋れないのね」と、私を蔑んだ目で見ていた女子たち(たぶん、同世代なのに童顔で年下に見られていた)にも、いつからかどうしてだか知らないが「君はいい子だ」と言ってくれるようになった。そして、私が彼女にアラビア語で聞くと、一生懸命考えながら単語を並べてフランス語で返事をしてくれるということもある。恐らく、職場への感謝の手紙も好印象だったよう。

 

また、アラビア語を多少理解している私にたいし、私の前で下手なことは言えないという多少の警戒感も出てきたらしい。これは内緒にしとくんだよ‼と全く理解できなかった話について釘をさされたりする。また、私も逃げるために何度となくお世話になってきた常套句「わからない」という言い訳もしづらくなってきた。本当にわからないから、「わからない」と言っているのに、「何を言ってるんだわからないわけないだろ‼」と怒られるのには非常に困る。どうしたらいいのだろうかと天を仰ぐしかない。

 

フランス語のリスニングUPのために、職場の人たちには「フランス語が一番わかる、次に英語だ」と言っていたが、次第に英語の方がコイツわかるのでは?と、バレつつある。

英語が話せる人たちは、話せることを誇示したいらしく、わざわざ私に英語で話しかけてくる。英語の内容はわかっても、すぐに出てくるのがフランス語かアラビア語となってしまい、英語はとても考えながら単語をゆっくりと並べないと話せない…たまにフランス語と英語も混ざる。

その上、今日は、ベルベル語を話せる子から「ベルベル覚えてる?おはようは?」と、前回習った言葉の復習も入った。

 

そして、現在、全てぐちゃぐちゃ。

何ひとつパーフェクトに話せない。

他の隊員の中には、語学力UPが協力隊の大きな目的としてモロッコに来ている人もいるそうだ。どうしてモロッコを選んだのだろうか…他の仏語圏の方がいいと思うのに…モロッコに憧れて派遣された人がモロッコには多いから、他の国の隊員と違って、より都会的なことを求めたり、自分のための活動である人や、観光したがったりする人が非常に多い。希望してきた人に限って、文句が多い。色々思うところがある。

 

 

ロッコ隊員が言語がぐちゃぐちゃになってしまうのは、多くあるとと知っていたが、やっぱり仕方ないと思う。ここはそういう国である。このぐちゃぐちゃ感もモロッコらしいと言えばすごくモロッコらしい。私は、活動のためにアラビア語を頑張るし、自分のためにフランス語を頑張る。日本人の中にはここのアラビア語はモロッコしか使えないからと嘆いている人もいる。

 

近いうちに教授や看護長と活動方針を話し合うに辺り、最近行方不明になっているフランス語を連れ戻さないかん。会話に取り残されて、看護長の陰謀に巻き込まれないためにも。

 

アラビア語の音がとても美しくて、私はムスリムではないけど、コーランアラビア語は、聞いているだけでも癒される。お経みたいな感覚なのかと思う。

 

 ここでは全てはアッラーが決める。

私のフランス語もアラビア語も私の努力次第。それは、私が決める。

 

続く。